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日本ホルモンステーション

 
内分泌疾患に関する一般への啓蒙活動と若手研究員への研究助成に取り組む認定NPO法人
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松尾壽之賞

第7回「松尾壽之賞」は、菅 裕明 博士を選出

2022年 第7回「松尾壽之賞」は、「特殊ペプチド調製技術の開発による新しい創薬プラットフォームの創出」で特殊ペプチド調製技術の開発、それを用いた高機能環状ペプチドの創出、臨床応用への道筋をつけられた業績が評価された東京大学大学院理学系研究科菅裕明先生が選考され2022年7月7日〜9日、ホテル天坊(群馬県渋川市)で開催された「第40回日本内分泌学会 内分泌代謝学サマーセミナー」(会長:小澤 一史 日本医科大学、佛教大学教授)にて、表彰式、受賞講演が行われた。

菅博士の経歴は、1944年米国マサチューセッツ工科大学化学科卒業、マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学 医学部博士研究員、ニューヨーク州立バッファロー大学化学科 助教授、バッファロー大学化学科 テニュア准教授、東京大学先端科学技術研究センター助(准)教授、東京大学先端科学技術研究センター教授を経て、現在東京大学大学院理学研究科化学専攻 生物有機化学教室教授。
菅博士の業績として、長年における基礎研究から到達した「特殊環状ペプチド」を創出し、低分子や抗体と一線を画す分子として高く評価されるモダリティー形成された。
現在は、特殊ペプチド調整技術の開発を基盤として、新しい創薬プラットホームの確立し、内分泌・代謝系、がん、神経系疾患に至る様々な疾患の治療薬開発に向けて研究を進めておられる。

菅 裕明 博士 研究概況

菅裕明は、長年における基礎研究から到達した「特殊環状ペプチド」を創出し、低分子や抗体と一線を画す分子として高く評価されるモダリティーを形成してきた。特殊ペプチドとは、生体内ではリボソーム翻訳系でペプチド鎖に取り込まれない非タンパク質性アミノ酸を含んだ分子を示し、自然界ではカビ等の細菌類から産生される天然物に認められるが、天然の特殊環状ペプチドは抗菌性物質として単離され、ヒトに対して薬理活性を示すことは稀である。しかし、そのペプチド骨格自体はプロテアーゼ耐性や動態等、薬理活性を有する分子としては極めて興味深い性質を有する。そこで、このような特殊ペプチドを人工的に生合成する新たな手法の開発が必要と考え、リボソーム翻訳系を用いた非タンパク質性アミノ酸をペプチド鎖に導入する研究に1987年から着手した。最大の難関は、様々な非タンパク質アミノ酸をリプログラミングに使用するtRNAの3’末端水酸基に選択的且つ簡便にエステル化する触媒の開発であった。私は、ランダム配列のRNAライブラリーから目的の触媒を人工的に作り出すことを着想し、「フレキシザイム」と呼ばれるtRNAアミノアシル化酵素を開発した。フレキシザイムの最大の特徴は、N-メチルアミノ酸、D-アミノ酸、β-アミノ酸等を自在にtRNAに結合できることである。この触媒により遺伝暗号表を自在にリプログラムでき、結果としてmRNA配列を鋳型とした特殊環状ペプチドのリボソーム翻訳を可能とした。さらに翻訳合成される特殊ペプチドをmRNA上にディスプレイすることで、薬剤標的タンパク質に結合する特殊環状ペプチド分子を迅速に発見できる技術、RaPIDシステムの開発にも成功した。
例えば、2015年に肝細胞増殖因子受容体(MET)を活性化できる特殊環状ペプチドの作出に成功した。このペプチドは金沢大学・松本邦夫氏との共同研究で、NASHモデルマウスにおいて肝臓の線維化を改善でき、今後NASH薬剤開発の強力な創薬基盤となると期待されている。また、TrkB、MuSK、PlexB1といったこれまで作出困難であった一本鎖膜貫通型タンパク質受容体の活性化剤の開発にも成功している。
以上のように、私は特殊ペプチド調製技術の開発を基盤として、世界無二の新しい創薬プラットフォームの確立し、内分泌・代謝系、がん、神経系疾患に至る様々な疾患の治療薬開発を国内外の多数の研究者と進めており、近い将来、これらが実用化されるものと確信している。

第7回「松壽之賞」受賞者 菅 裕明先生よりのメッセージ

第40回内分泌代謝学サマーセミナーにて「松尾壽之賞授与式」がとりおこなわれる予定であった7月7日のちょうど1ヶ月前、松尾先生がご逝去されたという訃報を知り、私は非常に残念でなりませんでした。有機化学を出発点とし、日本の分泌ホルモン、特にホルモンペプチドの研究領域を自ら開拓され、多くの後継研究者を育成された松尾先生に、私は深い尊敬の念を抱いておりました。私も有機化学をバックグラウンドにもち、全く違う角度からペプチド研究領域に入った研究者の一人として、松尾先生が残された内分泌代謝学の発展に寄与した功績に感銘を受けるばかりであります。
私が研究を進める「特殊ペプチド創薬」は、これまでとは全く異なる技術的思考で開拓された新しい創薬研究です。特殊ペプチドとは、この呼称自体も私の造語でありますが、通常のタンパク質性アミノ酸だけでなく、Nメチルアミノ酸やDアミノ酸等の非タンパク質性アミノ酸を組み込んだペプチドを指します。こういったペプチドは、しばしば細菌から産生される二次代謝産物として発見されることはありますが、それらは抗菌剤や細胞毒性の作用をもつものの、ヒトのタンパク質に特異的に作用する特殊ペプチドは極めて稀です。しかし、こういった特殊ペプチドは、生体内でのペプチダーゼ耐性があるため薬剤としての性能に対する期待が高い反面、ヒトのタンパク質に作用する特殊ペプチドを天然から発見することは幸運の域を出ません。そこで、我々は全く違うコンセプト、すなわち天然にその資源を求めるのではなく、人工的に特殊ペプチドを翻訳合成することに挑戦いたしました。そのために、まず遺伝暗号をリプログラムすることを考え、そこに望みの特殊アミノ酸を当てはめることで特殊ペプチドをmRNAの鋳型から自在に調製する技術を開発することに挑むことにしました。その技術開発の詳細についてはこの書面では割愛しますが、その技術から翻訳合成される15残基程度から構成された特殊環状ペプチドをライブラリー化し、さらにそれをmRNA上にディスプレイする技術と組み合わせ(この統合技術をアカデミアではRaPIDシステムと呼び、下記に述べる商業技術ではPSPSと呼んでいます)、2週間あまりの短期間で、抗体に匹敵する高親和性と高特異性をもつ特殊環状ペプチドを発見することができようになりました。その肝となるのが10の12乗という高い多様性の特殊ペプチドライブラリーであり、これは抗体の多様性(10の11乗程度)を凌駕するものです。すなわち、進化プロセスを組み込んだこのRaPIDシステムは、まさしく試験管内で抗体のクローナルセレクションを再現したプロセスです。この技術の開発により、菅研内で進める薬剤探索プログラムからいくつかの薬剤候補ペプチドが創出され、20人以上の国内外研究者との共同研究プログラムが組まれ、いわゆるundruggableなタンパク質標的に対して薬剤開発が現在も進んでいます。
また、この技術をもとに創業されたペプチドリーム社は、この技術を商業化してPDPSと名付け、世界の大手製薬企業と協業を組んできました。さらに、この技術は国内外企業10社にサブライセンスされ、まさしくこの技術が新たな創薬プラットフォームとして活用されています。
私は、松尾賞受賞をきっかけに、本学会所属の研究者の皆様との共同研究につながり、このプラットフォーム技術が活用されることを希望いたしております。それと同時に、松尾先生のご遺志を継ぎ、ペプチド医薬品開発に今後も邁進して参る所存です。また、現在、この技術を発展させ、環状ペプチドから新しいコンセプトのバイオロジクス開発への展開も進めています。この技術の発展も今後の期待として、最後に記載させていただきます。


 

第6回「松尾壽之賞」は中川 修 博士を選出

2021年 第6回「松尾壽之賞」は、「心臓ナトリウム利尿ペプチド研究から心血管発生・機能制御におけるシグナル伝達・転写調節機構の研究」で卓越した業績のある国立循環器病研究センター研究所分子生理部 中川 修氏が選考され、2021年7月8日〜10日、鴨川グランドホテル(千葉県鴨川市)での現地開催に加え、会期当日にライブ配信実施された「第39回日本内分泌学会 内分泌代謝学サマーセミナー」(会長:田中 知明(千葉大学大学院医学研究院分子病態解析学 教授)にて、表彰式、受賞講演が行われた。表彰式、受賞講演の模様は、会場よりライブ配信された。
 中川博士は、1988年京都大学医学部卒業後、同第二内科(臨床病態医科学・内分泌代謝内科学)においてナトリウム利尿ペプチドを中心とした心血管ホルモン・液性因子に関する研究により博士号を取得。1997年よリテキサス大学Eric Olson研究室に留学、次いで同大学において独立した研究グループを率いて研究に従事され、2008年奈良県立医科大学教授に就任、2014年より国立循環器病研究センター研究所分子生理部部長に就任されている。

中川 修 博士 研究概要

 循環器系は栄養・酸素の供給や老廃物の回収を通してあらゆる臓器の機能に必須であり、ホルモン・液性因子によって個体機能を統括する巨大シグナル伝達ネットワークとしても働きます。さらに、心筋・内皮・平滑筋細胞そのものが多様な生理活性物質を産生することの発見は心血管研究のパラダイムシフトをもたらしましたが、松尾壽之先生、寒川賢治先生によって同定されたナトリウム利尿ペプチドはその典型例でした。私はナトリウム利尿ペブチド、特にANPとBNPの心筋細胞における転写・生合成機構について、培養心筋細胞および心筋梗塞ラットモデルを用いて基礎的解析を行い、BNPがANPと異なる特徴を有し、様々な刺激に即応して迅速に産生・分泌されて働くことを明らかにしました。その結果は、ヒトにおける血中BNP動態の特徴をよく説明し、循環器病における心負荷を表すバイオマーカーとしての臨床応用の基礎の一つとなったと考えております。
 一方、これら心血管因子の生合成は転写因子による遺伝子発現制御によって調節され、転写因子は細胞内シグナル伝達の中心として働きます。そこで私は新規の心血管転写因子の探索を行い、Hey1/Hey2/HeyLからなるHeyファミリーを同定しました。ノックアウト・トランスジェニック・遺伝子編集などの組換えマウスモデルを用いた研究の結果、Hey因子が心筋におけるナトリウム利尿ペブチド発現制御に働くこと、Hey遺伝子自身が複数の転写因子の相互作用によって発現制御を受けることを見出しました。さらに、Heyファミリー欠損マウスが大動脈弓離断・心室中隔欠損などのヒト先天性心疾患に酷似した異常を生じて死亡すること、Hey因子が成長後も心房・心室筋特異的遺伝子発現や心収縮能調節に働くことを報告しています。
 Heyファミリーを中心とした転写因子研究と並行して、私は発生過程で働く様々なシグナル伝達因子・リン酸化酵素の機能についても研究を進めてきました。特にヒト心血管病の原因となるペプチド性増殖因子シグナルの研究に注力しており、TGFβ/ B M Pリガンド−ALK受容体系の新しい下流因子としてTmem100・Sgk1などを同定し、心血管発生における機能メカニズムを検討しています。今後も心血管系の発生制御機構における細胞間・細胞内シグナル因子の意義について研究を進め、その破綻による循環器疾患の病因・病態解明を目指したいと考えています。


第5回「松尾壽之賞」は櫻井 武 筑波大学教授に

本年7月3日に予定されていた「第38回日本内分泌学会内分泌代謝サマーセミナー」は開催中止になったため、第5回「松尾壽之賞」に決定した櫻井 武教授(筑波大学)の表彰式は松尾壽之先生所縁の国立循環器病研究センター内サイエンスカフェーで行われた。受賞講演はTMFC特別講演として座長:寒川賢治、中尾一和先生のもとおこなわれ、オンラインで配信された。

櫻井教授受賞記念講演要旨

冬眠様の低代謝状態を誘導する新規ペプチド性神経回路の同定

櫻井 武
筑波大学

 冬眠中の動物は正常時の数%まで酸素消費量が低下し、低体温になるが、環境の変化に適応することが可能であり、組織障害を伴うことなく自発的に元の状態に戻る。このような制御された低代謝は、組織の酸素需要を減らすことが出来る。臨床では、心筋梗塞・狭心症・脳梗塞、ショック、換気不全など患者の酸素供給が酸素需要に追いつかないことがしばしば問題となる。冬眠動物のように生体の酸素需要を安全に低下させることができれば、酸素供給のミスマッチを回避することができるため、冬眠の臨床応用が期待されている。
本研究において、マウスの視床下部の一部の前腹側脳室周囲核に存在する神経ペプチドQRFPを発現する神経を特異的に興奮させると、マウスの体温が数日間に渡って大きく低下し、併せて代謝も著しく低下することを明らかにした。この神経集団をQ神経、Q神経を刺激することにより生じる低代謝をQIH(Q neuron-induced hypometabolism)と名付けた。 QIHにおいては体温セットポイントが低下していることが明らかになった。QIHマウスの体温は著しく低下してはいるものの、通常よりも低い水準で、環境の変化に適応すべく適切に制御されていることが明らかになった。体温セットポイント低下および寒冷刺激に適応した体温制御という特徴は、冬眠中の冬眠動物においてのみ報告されていることから、QIHは冬眠に似た低代謝・低体温状態であることが示唆さた。QIH経験群と未経験群を用いて、種々の行動実験を試みたところ両群に差はみられず、脳・心臓・筋肉など諸臓器の組織観察においても差がみられなかった。また、QIHを同一個体で繰り返し行うことも可能であることから、QIHは可逆性のある安全な低代謝状態であることが明らかになった。QIHを誘導する詳細なメカニズムを探った結果、Q神経は主に視床下部背内側核に作用していることが明らかになった。
 QRFPは哺乳類に広く保存されていることから、“Q神経は哺乳類に広く保存された、緊急時に作動する低代謝誘導神経である”という仮説を立て、これを検証するために、日内休眠も行わないラットを用いたところ、ラットでもQIHが生じることも確認された。
 本研究によって、哺乳類に広く保存されているQ神経を選択的に刺激することで、通常冬眠をしない動物に冬眠様状態を誘導できることが明らかとなった。ひいてはヒトでも冬眠を誘導できる可能性が示唆された。
 なお、本研究は下記論文としてNature 11 June(2020)に掲載されています:
Takahashi, T.M., Sunagawa, G.A., Soya, S., Abe, M., Sakurai, K., Ishikawa, K., Yanagisawa, M., Hama, H., Hasegawa, E., Miyawaki, A., Sakimura, K., Takahashi, M., Sakurai, T. A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents,


第4回「松尾壽之賞」は小川 佳宏 九州大学教授に

 2019年の第4回「松尾壽之賞」受賞者は九州大学の小川佳宏教授に決定し、表彰式と受賞講演が7月4日〜6日に岐阜県下呂市で開催された「第37回内分泌学サマーセミナー」に松尾壽之先生ご列席のもと行なわれました。受賞講演タイトルは「私のささやかな研究史」でした。

松尾先生より小川教授へ副賞とトロフィー授与

小川教授の受賞講演

小川教授受賞記念講演要旨

私のささやかな研究史

小川 佳宏
九州大学

 小さい頃から好奇心旺盛で飽きっぽい性格でしたが、京都大学の医学部学生時代に医化学教室(沼 正作教授)に出入りして研究現場の厳しさと未知のことに挑戦する喜びを実感しました。この頃、井村裕夫教授の講義でホルモンの概念を知り、小さな内分泌器官より血中に分泌されるホルモンが身体の隅々まで運ばれて作用することに素直に感動し、卒業後は迷うことなく内分泌代謝学を志すことにしました。
 内科研修の後に大学院博士課程で出会ったホルモンが松尾壽之先生と寒川賢治先生が世界に先駆けて単離・同定されたナトリウム利尿ペプチドファミリーです。最初の研究テーマは、ブタ脳より単離・同定されて間もなかったBNPの産生調節に関するものでした。一次構造と体内分布に著しい種属差を有するBNPはヒトやラットの脳では検出されず、苦戦続きの毎日でしたが、中尾一和教授を初め多くの先輩方の御支援をいただき、動物実験により心臓の心房組織で産生されるANPとは対照的にBNPは主に心室組織で産生されること、心肥大では心室組織のBNP産生が著しく増加することが証明できました。心不全のバイオマーカーとしてのBNPの臨床応用につながる貴重な経験をしました。引き続きBNPあるいはCNPの遺伝子操作マウスの作出・解析により、3つの内因性リガンドから構成されるナトリウム利尿ペプチドファミリーが織り成す複雑かつ巧妙な生体の仕組みを垣間見ることができました。30年前の一連の研究活動が研究者としての私の原点であり、大切なことは全てこの時期に学びました。
 京都大学から東京医科歯科大学を経て九州大学へと転戦する過程で、非典型的な内分泌器官である心血管組織あるいは脂肪組織に由来するナトリウム利尿ペプチドファミリーあるいはレプチンに関する研究を発展させ、現在では単一ホルモンにとどまらずに普遍的な生命現象として慢性炎症とエピゲノムに関する基礎研究と臨床応用を推進しています。思えば長い研究生活において、恩師、先輩、同僚、後輩、国内外の多くの共同研究者との出会いが、個々の研究成果以上にかけがいのない宝物です。私のささやかな研究史が若手の皆さんに少しでも参考になれば幸いです。

第4回「松尾壽之賞」受賞者 小川 佳宏先生よりのメッセージ

この度は第4回松尾壽之賞をいただき、誠に有り難うございます。

「ノーベル賞の決闘」に登場する日本人研究者の松尾壽之先生は内分泌学のレジェンドであり、常にダンディで格好良く、若い頃からのアイドルでした。この度、松尾先生の御名前を冠する『松尾壽之賞』をいただけたのはこの上ない大きな喜びです。ほんの駆け出しの時代に出逢ったナトリウム利尿ペプチドファミリー研究を通して、遺伝子重複により生じた3つのペプチドホルモンと2つの受容体の組み合わせによる複雑かつ巧妙な生体の恒常性維持機構の美しさに感動し、身体(からだ)の仕組みをもっと知りたいと思うようになりました。若くて多感な時期に松尾先生を初め「本物」の研究者に出逢ったこと、これが私の将来の方向性を決定付けたものと思います。

 歳を取るに従って、気力・知力・体力のような「◯◯力」の類いの衰えを痛感し、忙しさにかまけて仕事が少し雑になっているような気がします。今回の受賞を機会に、若い時から変わらない好奇心と自分自身の感性・直感を信じて、ワクワクするような研究を目指します。そして松尾先生には遥かに及びませんが、仕事に対する姿勢を通して若い世代に「何か大切なもの」を伝えたいと思います。

第3回「松尾壽之賞」は児島 将康 久留米大学教授に

 2018年の第3回「松尾壽之賞」受賞者は久留米大学の児島将康教授に決定し、表彰式と受賞講演が7月3日に宮城県蔵王で開催された「第36回内分泌学サマーセミナー」に松尾壽之先生ご列席のもと行なわれました。受賞講演タイトルは「グレリン研究のこれから」でした。


児島先生受賞記念講演要旨

グレリン研究のこれから

児島 将康
久留米大学 分子生命科学研究所

 研究をやっていく上ではいくつかの幸運が必要だが、私にとって「松尾壽之賞」の松尾先生と、寒川先生との出会いが、研究人生最大の幸運であった。私は「グレリン」の発見でも幸運に恵まれた。他の研究グループはいずれも胃にはまったく注目していなかったのだ。さらに発見した「グレリン」は、これまでに知られていない構造をしており、この構造だけでもとても面白いペプチド・ホルモンだった。中鎖脂肪酸の一種であるオクタン酸が3番目のアミノ酸のセリン残基に結合しており、この脂肪酸修飾基がグレリンの活性に必要なのだ。
 私はグレリンの発見直後から、なぜオクタン酸がグレリンの活性に必要なのか、ずっと気になっていた。なぜペプチド部分だけでは活性がないのか、オクタン酸がどのように受容体のリガンド認識部位に作用するのか、またなぜオクタン酸なのかなどが疑問だった。当時はこれらの疑問に答えることはできなかったが、グレリンの発見後にGPCRの結晶構造が解明され始め、徐々に研究手法が整ってきた。
 アメリカに滞在中に読んだNature誌のそのときの最新号に、ノーベル賞を受賞する前のブライアン・コビルカの記事があった。研究をやりながらも、借金を返すために夜間の医師バイトをしていたなどの苦労話が書かれていて、研究者はこうでないといけないなと再認識したし、なにより取り組んでいるテーマへの情熱が大切だと思った。自分にとってなにができるか?やはりグレリン受容体の結晶構造を解明して、なぜオクタン酸がグレリンに必要なのかを明らかにしたいと思い、少しずつ結晶構造の研究を始めた。
 5年以上かかって、まだ不活性型だけだが、グレリン受容体の最初の結晶構造を得ることができた。今回の発表ではグレリン研究の最新の成果について紹介したいと思う。


第3回「松尾壽之賞」受賞者 児島 将康先生よりのメッセージ

 この度は第3回松尾壽之賞をいただき、誠にありがとうございました。
 とにかくこの賞、私の師である松尾壽之先生の名を冠した賞であるため、「ぜひ欲しい!」と熱望し、結果としていた だけたことにとても感謝しております。
 私の研究人生は、松尾先生との出会いから全てが始まりました。松尾先生に初めてお会いしたのは今からもう42年も前。私が大学一年生の時でした。ノーベル賞に絡んだ研究をやった生化学の教授の赴任ということで、学生の 間でもなにかと話題の先生でした。その松尾先生の授業で簡単な試験がありました。確か糖代謝における化学反 応の問題でした。わたしは教科書で予習していたため、その反応のことについて知っていました。ところが試験後の 松尾先生の解説では、「教科書にはこうあるが、こういう反応も考えられる。こういうのも可能だ。正解はひとつではな い」と話されとても衝撃を受けました。教科書に書かれていることが絶対でなく、あらゆる可能性を考えること。今から 考えると、まさに研究をやるにあたっての研究者としての心構えそのものでした。そして大学卒業後は、クラブの先輩 でもあり先に松尾先生の研究室に入っていた、現・鹿児島大学の宮田先生(第2回松尾壽之賞の受賞者)のアドバイスを 受け、松尾先生の研究室に大学院生として入り、研究人生をスタートしたわけです。
 宮崎医大での松尾先生との出会いがなければ、今日の私はありません。自分はいま、初めて松尾先生に会ったとき の年齢を超えてしまったのですが、私の研究室で学んだものに、松尾先生のような指導ができているのかと反省しき りです。
 さて、内分泌代謝学サマーセミナーは毎年夏に開催されます。グレリン発見の論文を書いていたのが7月で、ちょう ど内分泌代謝学サマーセミナーの時期です。暑いあの年に松尾先生と一対一で、論文を仕上げていったときのこと を今でもよく覚えています。論文作成は厳しいものでしたが、とても充実した楽しい日々でした。そのグレリンの研究で 松尾壽之賞をいただけることになったのはとても感慨深いことです。これからも一生懸命に研究に取り組んでいきたいと 思います。ありがとうございました。


第2回「松尾壽之賞」は宮田 篤郎 鹿児島大学教授に

 また、第2回松尾壽之賞受賞者は鹿児島大学の宮田教授で、表彰式と受賞講演が、2017年7月14日に群馬県利根郡で開催された「第35回内分泌代謝学サマーセミナー」時に松尾 壽之先生ご列席のもと行われました。受賞講演は「多機能神経ペプチドPACAPの構造と機能の多様性の解明 〜臨床への応用展開を目指して〜」でした。


宮田先生受賞記念講演要旨

多機能神経ペプチドPACAPの構造と機能の多様性の解明
〜臨床への応用展開を目指して〜

宮田 篤郎
鹿児島大学 生体情報薬理学

下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化(PACAP)は、ラット下垂体細胞のcAMP産生刺激活性を指標としてヒツジ視床下部より単離構造決定された神経ペプチドである。PACAP38とPACAP27の2種類の分子様式が存在し、セクレチン・グルカゴンファミリーに属する。視床下部が最も高濃度であるが、広く中枢神経系に分布し、neurotransmitter或いはneuromodulatorとしての機能の他、種々の神経細胞死を抑制することなどから神経栄養因子としての機能が注目されている。これらの作用には、PACAP特異的受容体であるPAC1に加え、PACAPと相同性の高い血管作動性ペプチド(VIP)との共通受容体であるVPAC1とVPAC2が関与する。これら3種の受容体はいずれもG蛋白共役型受容体であり、Gsにカップルし細胞内シグナルとして
cAMPを介してPKA経路を活性化することに加え、PAC1はさらにGqにもカップルして細胞内Ca動員を促進する。このように、PACAPは多機能神経ペプチドとして、神経系、内分泌系に止まることなく、多様な生理機能に関与することが明らかとなってきている。PACAPの発見以来、その構造と機能の多様性に着目し研究してきた経験から、PACAPの臨床応用への展望を紹介する。

     
松尾先生より【松尾壽之賞】授与 寒川副理事長より選考経過発表 宮田先生より受賞挨拶

第1回「松尾壽之賞」は柳沢 正史 筑波大学教授に

 第1回「松尾壽之賞」は、睡眠神経科学に業績のある柳沢 正史氏(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構長・教授)に授与された。
2016年7月14日に福岡県久山町で開催された「第34回内分泌代謝学サマーセミナー」で受賞講演と表彰式を行いました。
受賞講演は「睡眠覚醒の謎に挑む」でした。

柳沢先生受賞記念講演要旨

睡眠覚醒の謎に挑む

柳沢正史
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構

 睡眠・覚醒は中枢神経系を持つ動物種に普遍的な現象であるが、その制御メカニズムや眠気(睡眠圧)の神経科学的本態は、いまだ謎に包まれている。覚醒系を司る神経ペプチド「オレキシン」の十数年にわたる研究により新しい睡眠学が展開され、近年では睡眠・覚醒のスイッチングを実行する神経回路や伝達物質が少しずつ解明されつつある。昨年、内因性覚醒系を特異的に抑える新しいタイプの不眠症治療薬として、オレキシン受容体拮抗薬が上市された。また、覚醒障害ナルコレプシーの根本原因がオレキシンの欠乏であることが判明しており、オレキシン受容体作動薬はナルコレプシーの病因医療薬、さらには種々の原因による過剰な眠気を抑制する医薬となることが期待されている。

 一方、睡眠覚醒調節の根本的な原理、つまり「眠気」とは一体何なのか、またそもそもなぜ睡眠が必要なのか等、睡眠学の基本課題は全く明らかになっていない。私たちはこのブラックボックスの本質に迫るべく、ランダムな突然変異を誘発したマウスを7,000匹以上作成し、脳波測定により睡眠覚醒以上を示す少数のマウスを選別して原因遺伝子変異を同定するという探索的アプローチを行ってきた。このフォワード・ジェネティクス研究の進展により、睡眠覚醒制御メカニズムの中核を担うと考えられる複数の遺伝子の同定に成功し、現在その機能解析を進めている。

第8回松尾壽之賞の募集

下記要領で応募し2023年2月末締切で募集する。

 

趣旨

内分泌代謝学に関する基礎研究にあたる60歳以下の研究者で、注目すべき優秀な研究業績をあげており、今後更に発展が期待できる研究者に、松尾壽之賞を贈呈する。

対象

内分泌代謝学に関する基礎研究にあたる60歳以下の研究者(表彰年の4月1日時点)

要項
応募資格、応募必要書類の詳細は、下記からダウンロードして下さい。
締切

第8回松尾壽之賞
2023年2月末日

表彰

当該年度に開催される日本内分泌学会主催の内分泌代謝学サマーセミナーにて表彰し、受賞講演は内分泌代謝学サマーセミナーで行うものとする。
なお、受賞者には表彰盾と副賞30万円を授与する。

 
     
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